ヒダマルのラノベ講座。

ヒダマルが考える、ライトノベルの作り方。来たれ小説書き。

ラノベの文章は、中学生にも書ける?

 

 Twitterで議論を呼んでいる、「ラノベの文章は中学生でも書けるか否か」問題。

 小説を書く人間からすれば、なんだか軽く見られているような印象はありますよね。盛り上がっているので、ヒダマルも流れに乗っておこうと思い、持論を述べてみます。

 結論はこうです。

 

「書ける中学生は書けるだろうし、書けない中学生は書けないだろう」

 

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「中学生にも読める文章」

「書ける中学生は書けるだろうし、書けない中学生は書けないだろう」。普遍的すぎて面白くもなんともない結論ですが、現実的だし、たぶん現実です。

 そこから「書ける中学生の割合」と「書けない中学生の割合」を抽出して「どちらかと言うと〇〇な中学生のほうが多い」なんてことも言えそうですし、待て、そもそも一口にラノベと言ってもどんな作品を想定してるんだと横槍が入り、いやいや勉強できる中学生を甘く見てはいけないと来たところでいやそれ中学生全体じゃなくて「勉強できる中学生」が抽出されちゃてるなどなど、議論が紛糾しそうですね。

 

 それはそれとして置いておいて。

「ラノベは中学生でも読める文章で書きましょう」との言説は広く知られています。基本的には事実だと思います。だからといって単に「中学生が読めない単語は避けよう」になると違うでしょうと感じますが。

 ということで、「中学生に読める」=「中学生にも書ける」と取られるのはある程度仕方ないかなぁというのが感想です。日本語って基本的に誰でも使えるので、下に見られがちなところはありますよね。

 

「ラノベの文章を書ける」と「ラノベを書ける」は別ですが、どちらに焦点を当てているかで印象がかなり変わってくる意見だと思います。小説を書いている方へなら特に説明はいらないかと。

 

 

「文章より会話やストーリー」

 的を射た意見です。

 エンタメ寄りであればあるほど、文章そのものの美しさは求められないと考えるためです。

 

「美しい文章は面白い話運びに勝る」、これは幻想です。面白い話運びのための手段がラノベの文章なのであって、文章が美しいから面白いとはなりません。カッコつけた一文が並んでいるだけの作品は、しんどい。読む人のことを考えてと思います。

 そのため『ヒダマルのラノベ講座。』でも、「文章力を上げるポイント!」という内容の記事は少ないです。キャラとストーリーと設定が魅力的であるなら、文章の巧拙は必ずしも重要ではありません。もちろん、巧いに越したことはありませんが。

 

 文章で勝負したい作者からすると残念かもしれませんが、読者はけっこう「そういうつもり」で読んでいる、という事実は頭に入れておくべきです。

 エンタメ本を開く目的は「どんな素敵な文章が読めるだろう」ではなく、「どんなお話で楽しませてくれるだろう」なので。

 

 

まとめ。

結論:文章ではなく、小説で勝負しよう。

 

 ラノベの文章は中学生にも書けるかもしれませんが、ラノベを書ける中学生はスゴイのでそのまま精進してほしいと思います。あんまり「ラノベを馬鹿にすんな!」と言ってもしょうがないというか、これを機に中学生でも小学生でも小説を書いてみたらいいんじゃないかと。参入者は多いほうがいいですし。

 

 あんまり気にせず、自分の小説を書くのが吉です。